3/18(土)『人生フルーツ』伏原健之監督 舞台挨拶

3/18(土)の『人生フルーツ』伏原健之監督の舞台挨拶にお越しいただいた皆さま、ありがとうございました!お越しいただけなかった方にも、すこし雰囲気を味わっていただければ、ということで書き起こしを掲載します。司会はシネモンド代表の土肥悦子です。

 

【その① 10:15】

 

土肥:まずどうしても聞きたかったことをひとつ。なぜ伏原さんはこのご夫妻を取材なさりたいと思ったのですか?

 

伏原:普段、自分は東海テレビの報道部でニュースの仕事をしているんですね。いろいろな企画をやるんです。柔らかいものから硬いものまでいろいろやるんですけど、いろいろやると大抵老人の話とか少子高齢化の話とかがどんなものでも出てきて、高齢化問題みたいなものが出てくると…端的に言うと暗いんですよね。

 

土:はいはい。

 

伏:で、暗く描いちゃうっていうか、そういうことがあったりして、確かにそういうことはあるのかな、っていう気もするんですけど、でも自分が見る側の立場に立つと、なんかそんなのやだなー、年取るとあんなんなったりこんなんなったりみたいなのを出してばっかりっていうのはどうかな、っていうのがずっと頭にあって、カッコいいおじいちゃんとおばあちゃんどこかにいないかな、っていうのがずっとあったんですね。それである時、地元の新聞にちょっと出てて、ご覧の通り、見た感じで「おっ、カッコいい、素敵だ」っていうのがすごくあって。で、よく見たら高蔵寺ニュータウンを造ったっていうふうに書いてあって、その時に津端さんの「ぼくたちはだんだん美しくなる暮らしをするんだ」っていうのを見て、もう、キュン、となっちゃったっていうのが…

 

土:もうご本などを書かれてたっていうことですね、『ときをためるくらし』とか。

 

伏:そうですね、ぼくは新聞で見たんですけど、よくよく見るといろんな本や雑誌に出ているっていうのがあって、僕自身が「こういう人と知り合いたい、こういう人になれたらいいなあ」っていう感じがあって、それがきっかけです。

 

土:なぜそういうふうに思われたんですか?つまり、なぜそのような、老人問題がネガティブに描かれるのが嫌だと思ったり、こういう人になりたいと思ったりっていう。おいくつですか? 今。すいません(笑)

 

伏:今僕47なんですけれど、なぜっていうのは…まあ自分って実は津端さんと、こういう作品を作っているにもかかわらず真逆で、まず未だにお嫁さんはいない、もちろん子供もいない。食事はもう100%外食。そのうち3割か4割はセブンイレブンというような生活を送っているんで。で、新しいものが好き、何か出来たら飛びつくっていうような、まあスローライフっていうのとはもうほぼ真逆なんですよね。ただ、どっかにこのままでいいのかな、大丈夫なのかな、っていうのが自分の中にすごくあって、それにヒントになるものとか、目指すものとか、そんなものを持ってるんじゃないかな、この人は、っていう感じでした。最終的には、僕これ導かれたと思ってるんですけど。実は取材の時、最初電話をしたら「テレビの取材お断りです」ってドンって言われて。

 

土:映画の中でも、まさにそういうふうに仰ってましたね。「お断りします」って。

 

伏:そうですよね、映画の中で電話がかかってきた人と自分の状態と一緒なんですけど、要はフラれたんですよね。まあ最近我々「マスゴミ」と言われたりして、「テレビの取材?いやいや」っていう人ってモザイクだらけじゃないですか。ああいうことってすごく多いんで慣れてるんで、断られると「ハイじゃあ次」っていうこと結構あるんですけど、なんかその時はひっかかって、お手紙を何通か書いて、やりとりして、取材が許されたっていう感じなんですけど。これ自分はもうほぼ恋愛だなって思っていて。

 

土:そうですねー。

 

伏:ええ。フラれても、こう、よし、何とかがんばろうっていう人もいれば、フラれたらまあ次っていうことも結構あるじゃないですか。だからほぼストーカー一歩手前ぐらいの感じで、お手紙出したり(笑)

 

土:見ていると、作り手であるスタッフの皆さんが、どのようにお二人を見てらっしゃったか、というのがほんとに伝わってきますね。何かで読んだんですけれども、お父さんのことを考えたっていうことを仰っていて、それを少し伺えたらと思ったんですけど。

 

伏:あのー、そうですね、この撮影に入る数年前くらいに父が亡くなってまして、父が亡くなるっていうのは自分の中で──まあごく普通の親子関係、どこにでもある親子関係なんですけど、まずひとつは自分で感じたことのない感情っていうのが亡くなった時にあって、これって何だろう、という。悲しみというと簡単なんですけど、今まで知ってた悲しみっていうのとはちょっと違うなっていうのがあって、これは何か表現したいな、っていうのがひとつあるのと、それと同時に、父が亡くなってから、全然知らない父の話を父の友人や仕事仲間からいろいろ聞いて、こんな人だったよ、あんな人だったよ、君のことこう言ってたよ、みたいなことをすごく聞いたんですね。それって何か亡くなったのに蘇ったみたいな感じがあって、それを実は、映画を作る時、津端さん亡くなったって聞いた時にふっと思い出したっていうのがすごくあります。だから、亡くなって津端さんとこ行ったら、あれ、そこにいるんだ、っていうのがまず…

 

土:ああ、そうですね…!

 

伏:あ、そこに、生活の場にいますか、ってびっくりして、悲しい以上に「ああーー、いいなあー」っていうのをすごく思ってしまって。

 

土:はい。

 

伏:父が亡くなったっていうのは、たぶんそういう死に対する考え方が自分の中で変化をして、そこに津端さんが現れたっていうのはすごくあります。もうちょっと自分個人のことを言うと、まあたぶんそういう人って多いと思うんですけど、生きてる時は父と向き合ったりとかやっぱりあまりしなくて、いろんな話や相談することってできなくて、ああ、もっと話してれば良かったなあ、もっといろいろ語り合ってれば良かったなあっていうのがあって、そういうことも津端さんと一緒にいる時、まあ津端さんとは全然違う父なんですけど、何となく、ちょっと重ね合わせながら取材してたっていう部分はありますね。

 

土:やはりその、お父さんのことがあって。お年寄りをもっと素敵にっていうこともずっと頭にあったっていうことが、何でなんだろうって思ってたんです。

 

伏:たぶんあとは──こうやって喋ってると、ふと自分で思ったんですけど、別にうちの父は偉い人でもなんでもないんですけど、まあある種の、この今僕たちが住んでいる世界を何らかの形で一生懸命作ってきた一人で、だけど別に世間には知られてないし、何をやったかも分かんないっていうのがあって。そういう人がたぶんいっぱいいるんだろうな、そういう人が僕たちの今住んでいるところを作ってくれているし、今度はたぶんそれを受け継いで僕たちが作っていかなきゃいけないっていう感じがあって、津端さんと知り合っていくなかでやっぱり思ったのは、あ、この人のことをちゃんと伝えて繋がなきゃいけないなっていうのはありましたね。

 

土:あぁ…つまり見事に外側っていうか映画を作っている現実と、映画の中で津端さんが次の世代に繋いでいかないといけないよね、って仰っていることがリンクしているんですね。

 

伏:そうですね。そうやっていかにもね、計算ずくでやっているふうに、

 

土:いやそんな(笑)

 

伏:こうやって喋るとそうなんですけど、そうなんですけど、実は、さっき導かれたというように、本当に僕は「ああ、この人たちカッコいい、素敵ね、だから知り合いたい」っていうもう衝動だけでやってますし、取材も二年間かかったとはいえ──映画の中でご飯出てくるじゃないですか。妙に量が多いですよね。

 

土:大量ですよね。あのプリンすごいですよね(笑)

 

伏:ですよね。あの量は、我々の分も込み。含まれていると。まあ毎日我々食べてばっかりいたっていうことで、とても楽しい取材だったんですよね。だからそういう意味で楽しみながらっていう軽い気持ちでやってるんですけど、本当に導かれたように、なんか映像を繋いだりとか、いざ作品にしていくとこういうふうになっていくし、もっと言うと、こういうふうにいろんな方とお話ししていると、ああ、自分はそういうふうに思っていたのか、とか、ああ、そういうこともこの映画で言えているのか、ということが分かるという、不思議な体験を自分が今しているっていう感じです。

 

土:そうですよね。パンフレットが販売されているんですけど、パンフレットがまたとても充実していて、素晴らしいなと思いました。その中に、プロデューサーの阿武野さんと伏原さんの日誌が入っているじゃないですか。その中でもやっぱりご苦労がずいぶん見え隠れしていて。(自分はこの映画を)何回も見たり、お二人のご本もほとんど読んだんですね、映画を見て初めて知って。そうすると、普通の──普通じゃないですけど、ただ素敵な夫婦じゃないぞって途中から思い始め、特に修一さんは大変な人なんじゃないかなあと思って。実はあの中に出てきた大学教授っていうのが私の実の父親なんですけれども、そこからきっかけで最初に私は見たんですね。父から「これダビングしてくれない」って言われて、ただ単純に父親が出てるんだ、と思って見たら、もうそんなことはどうでもよく、素晴らしくて感動して、ていうところだったんです。で、聞いたんですよ。ちょっとずつ。あまりガツガツ聞くとあれかな、と思って。そしたらやっぱり「やあやあ、大変な人だったよ」っていうふうに言っていて、だから実際に二年間通っている間、もっともっときっと大変だったんじゃないかなあと思って、この出来上がっている『人生フルーツ』になるまでの、苦労って言ったら変ですけど、どういうところをどういうふうに工夫したのかなって。編集とか特に。

 

伏:えっと、この映画で、津端修一さんですけど、仰る通り一見穏やかで優しい人なんですけど、まあ、ある種の変人だと思います。

 

土:ですよね(笑)

 

伏:ただ、まあ、90歳ともなるとその変人の部分というのはかなり隠されているんですけれども、一歩そこの境界線を越えると、ズバッと切られるなっていう感じの、そういう空気はすごかった。ただ自分、なんかそういう変な危機管理能力は結構あったりして。境界線がずっとあるような感じだったんです。我々ドキュメンタリーってやっぱり、なるべく対象者にぐっと近づいて、なんかちょっと危険球みたいな球を投げたりして。

 

土:揺さぶりをかける、みたいな。

 

伏:そういうことでいろんなものができているっていうこともあったりするんで、ある種のそういう、近づいてぐいぐい行くっていう、恐い相手に近づいていくっていうことも大切だなと思っているんですけど、この相手はやっぱりそこを越えると何かが壊れてしまうという感じがありました。だからちょっと引いた感じでなってて、カメラマンとは「これ以上近づかないでちょっと眺める感じで撮ろうよ」っていう話はしてたんですね。「普通の生活を普通に撮ろうよ、淡々と撮ろうよ、それカッコよくない?」っていうようなことを言ってたんですよ。

 

土:はい。

 

伏:で、東海テレビってドキュメンタリー映画これ10本目なんですけど、これの前作は『ヤクザと憲法』っていうやつで。

 

土:はい。やりました。こちらでも。

 

伏:で、それ僕の後輩がやってるんですけど、タイトル通り結構刺激的な映画なんですけれども、我々は刺激がない、安心して見られるようなものを作ろうみたいなことを言っちゃってるんですけど。ただこれそうやってちょっとカッコつけて取材に入ったものの、普通の生活を普通に撮るって、最初から気づけばいいんですけど、とても難しくて。ほんとに普通なんですよね。何も起こらない。ある日仲いい夫婦が夫婦喧嘩をしたり、突然隣の人が怒鳴りこんできたり、みたいなことがないかなー、と思うんですけど絶対ないんですよね。ご飯を食べて、畑をやるっていうふうで、何にもないなっていうようなところが、作ってる時は「これ、こんなので1時間の──最初テレビなんですけど──1時間のテレビできるかなあ、ましてや映画なんかできないよなあ」っていうようなことは思ってて。そのへんの我慢すること、我慢する勇気みたいなのがすごく要った作品でしたね。あとは、そうですね、編集に入る時ってだいたい設計図が描かれているものなんですけど、これはもう編集入る前は「ちょっとダメだったかも」と思いながらやっていったんですけれども、編集して、いろいろそぎ落としていろんなものを出していく段で、それで見えてきたっていうのが、すごく、不思議な作品でしたね。

 

土:ああ、そうなんですね。でもやっぱり言葉がすごく──映像もとにかく素晴らしいんですけれども、あの、あいだあいだに出てくる言葉っていうのは、あれは伏原さんたちスタッフが引っ張ってきた言葉ですか?あの、建築家たちの、コルビュジェとか。

 

伏:あっ、コルビュジェとか建築家の言葉っていうのは、何て言うんですかね、まずひとつは、単純に僕ちょっと名言マニアみたいなところがあって(笑)

 

土:そうなんですか(笑)

 

伏:昔、『とうちゃんはエジソン』っていうドキュメンタリーを作ったことがあるんですけれども、それはもうエジソンの言葉がずっと出てきたりとかするっていうのがあるのがひとつ。単にそういう部分もあるんですけど。修一さんは、僕たちが取材している時っていうのは、まあほんとに建築家としての片鱗がほとんど見えない状態で、実は、中で出てきた伊万里の人たちの設計図をシュルシュルってスケッチブックに描くところも、あれは僕たちはあの場にいなくて、伊万里のあの方たちがiPhoneで撮った映像なんですよ。

 

土:あー、そういうことか。

 

伏:自分も、亡くなった後に伊万里へ行って、その人たちを取材すると「あ、映像もあるよ」って言われて、おおーってなって、「あ、描いてるじゃん、やっぱり建築家だったんだね」ってそんな感じなんですよね。土肥さん(土肥博至筑波大名誉教授:シネモンド代表・土肥の実父)に会ったっていうのも、ほんとに昔どんな人だったんだろうっていうのが分かんないので、どういう人だったのかなっていうのが聞きたくて行ったら、ああいう発言が出て、やっぱりそうだよね、難しい人だよね、っていうのを確認できたっていう部分はあるんですけど。で、いろいろ取材をしたり、あの人の考えていることってやっぱり立派な建築家だったんだなっていうことを、自分の中で前に出したいっていうのがあって。で、それで名言マニアなものですから。

 

土:(スタッフが出した残り時間のカンペが見えず)ごめん見えないの。何分?あと。5分。はい。

 

伏:(いろんな名言を見ていると?)やっぱりそうなんだっていう。僕は東海テレビで東海地方のことをネタにして番組にしているんですが、ふるさとの偉人を掘り出して紹介したいっていう思いが自分にあって、津端修一さんっていうのは地元でも全然知られている人じゃないんですね。だけどこの人はやっぱり偉人だよねって自分の中にいて、「すごい偉人です」っていうことを自分が言っているっていうような状態です。あれは。

 

土:そういう…ああ、そうですね。私も含め、たぶん多くの方が映画やテレビで初めてご夫妻のことを知ったっていうことになると思うんですけど、何度見ても何度見ても新鮮だったり、本を読んでも腑に落ちるのが、特にやっぱり今の日本だから、っていう気もするんですね。やっぱり、これからほんとにこのまま行っていいの?っていうこととか、で、それを40年前にああやって考えて、ひとりひとりが雑木林を──まあやっぱり挫折があってですけれども──つくっていくっていうことを提案するっていうのが、今やっと響いてくるっていう気がして。今日最初からご覧になっていた方は予告編が付いていたんですけど、他の映画の。メラニー・ロランの『TOMORROW パーマネントライフを探して』っていう映画が予告が出てたと思うんですが、あの映画を見ているとほんとに、ああ、津端さんたちは40年前にこれを全部、まあ分かってたのか分かってないのか分からないけど、でも、それをまさに実践して。素敵だなーとは思っても、なかなかこれ実践できないですよね。あの二人のカップルも、やっぱり、ぴったりだったんだなという気はします。でも英子さんもずいぶんきっと気を張って──何かの本の中に「ずうっと気を張って暮らしてた」っていうふうに仰ってましたけど、そんな感じでしたか?「修たん、修たん」って言ってましたけど(笑)

 

伏:たぶん、これはジブリの鈴木敏夫さんに言われて「はぁ、そうなんだ」って気づいたんですけど、お二人は夫婦としての距離感がすごくいい、っていうふうに言っていて、向き合わない──この二人はこういうふうに向き合ってなくて、同じ方向を見てる夫婦だからうまくいってる、って言っていて。言葉遣いもどこか丁寧語だったり、「修たん」「お母さん」。「おい」「お前」とかそういう感じじゃない。そこは言葉によってある種のちょっとした距離感をつくっているっていうのがいいんだなって思います。さっきの話のように、やっぱりすごく難しい人だと思うんで、向き合っちゃうときっと衝突しちゃったりとか大変なことってきっとあったと思うんですけど、そこはたぶん英子さん、非常に軽やかにしなやかに生きてらっしゃるんで、すごく強いというか、一緒に前を見るっていう、すごく素敵な夫婦だなあって思いますし、さっき言ったように自分は独身なので、ある種の夫婦の理想みたいなものもここに描いているんですけど。あの、樹木希林さんがナレーションやってるんですよね。で、希林さんってナレーション読むときって、初見で見て、初見で入れていくんですよ。だからナレーションの時に初めて希林さんが見て、最後希林さんの反応を見るんですけど、最初に僕に言った言葉が「伏原さん、あのねえ、誰もがこういうふうになるわけじゃないからね」っていうふうに(笑)言われました。はい。

 

土:(笑)そうですね。

 

伏:はい。「あっ、…なるほど」っていうふうに思いました(笑)はい。

 

土:(笑)もう時間があまりないんですけど、そういえばちょっと、父から聞いたエピソードで、もう当時から修一さんはやっぱり本当にエース中のエースで、修一さんのマスタープランの話もしてましたけど、本当にすごかった、って。だけど仕事仲間の中では「でも津端さんがすごいのは、やっぱり奥さんがすごいんだ」っていうのはみんな知ってた、って言ってました。

 

伏:(笑)なるほど。

 

土:電話をして──(職場に)来ないから電話をしても、それは全部英子さんがいいようにして、修一さんがやりたいようにできるように、全部そこで防壁になっていたみたいで。「それはね」って言ってました。「ほんとに奥さんが、あそこは奥さんがすごいんだよ」って(笑)言ってましたけど。あれだけ自由にいろんなことをできるようにしてたって。英子さんが──英子さんはお元気ですか?

 

伏:お元気です。たいへんお元気で。英子さんが修一さんが亡くなったあと…実はずっと英子さんテレビ見なかったんですけど、テレビを見るのが好きになったそうで。で、「最近テレビ見るのよー」って言ってて「何見るんですか?」って聞いたら『酒場放浪記』だって言うんですよ。

 

土:ふふふ(笑)

 

伏:吉田類さんの『酒場放浪記』って言って。「私、居酒屋行ったことないの」って言ってたんで、「じゃあ居酒屋行ってみましょうか」って言って、そっから我々が、まあちょっと悪ノリだと言われるんですけれども、希林さんと英子さんを居酒屋で会わせるっていう話になって。

 

土:(笑)

 

伏:それをそのまま番組に収録しまして、東海地方ではそれを番組としてやったんですね。

 

土:全国ネットで見たいです!

 

伏:(笑)タイトルは『居酒屋ばぁば』っていうんですけども。

 

土:最高(笑)素晴らしいですね。

 

伏:そういう番組を一応、やりまして。さらに今度はジブリの鈴木敏夫さんっていうのが、この映画をいいって言ってくれたんで、ちょっと話を聞かせてくれませんか、って言って。鈴木さんのお宅が希林さんのお宅と近いんで、二人でお話ししませんかって言って、それも番組化して。

 

土:(笑)

 

伏:そちらは『樹木希林のスタジオばぁば』というタイトルで。

 

土:(笑)スタジオジブリで。

 

伏:今度来週やることになってるんですけども。

 

土:そうなんですかー。それも、え、ローカルですか?

 

伏:ローカルなんです。

 

土:あぁ…残念です。

 

伏:ローカル・プレミアムって言ってるんですけど(笑)

 

土:(笑)

 

伏:ぜひ、こちらだと石川テレビさんなんで、テレビって意外と視聴者の声に弱いので。

 

土:あっ、皆さん、あれですね、電話をすると。

 

伏:電話をしたりとかメールをしたりすると動くかもしれません。我々にもよく「ジャニーズの番組をなぜやらないんだ!」って100件200件くるんですね。そうするとやったりするんで。

 

土:(笑)

 

伏:あの、ぜひ、よろしくお願いします。

 

土:はい。どうもほんとに長い間…長くなかったですけど、ありがとうございました。

 

(拍手)

 

土:これからあと3週間、この映画は続きますので、ぜひまた二度三度ご覧いただきたいし、周りの方にもぜひおすすめください。

 

伏:はい。ぜひ。あの、ごめんなさい、僕なんか撮ってもしょうがないんですけど、写真撮っていただいて、どんどん拡散していただくと。

 

土:あっ、それを言うのを忘れてました。ツイートしてください。拡散してください。

 

伏:はい。「コツコツ、ゆっくり」、映画を続けていっていただきたいんで、ぜひよろしくお願いします。

 

土:ぜひお願いします。ありがとうございました。

 

伏:ありがとうございました。

 

 

(拍手)

 

【その② 14:35】

 

土肥:こんにちは。ようこそいらっしゃいました。すぐに監督をお呼びしたいと思います。私は司会をやりますシネモンド代表の土肥と申します。よろしくお願いします。では伏原監督をお呼びしたいと思いますので、拍手でお迎えください。伏原さん、どうぞ。

 

(拍手)

 

伏原:こんにちは。監督しました伏原健之といいます。金沢には親戚もとくに親しい友人もいないんですが、こんなにたくさん来ていただいて本当にとても嬉しいです。ありがとうございます。

 

土:えっとまず、英子さんは今いかがお過ごしなんでしょう。

 

伏:英子さんは元気でやってらっしゃいます。今89歳、1月が誕生日なんで89歳になられまして、非常に元気で。我々の取材が終わったあと、というか、修一さんが生きてらっしゃった時、テレビっていうのは天気予報ぐらいしか見ない人だったんですけど、今、ひとりでテレビを見るのに目覚めて、毎日テレビを見るのが楽しいって言ってて。「何が好きですか?」って聞いたら「吉田類さんの『酒場放浪記』」だっていうふうに言ってました(笑)はい。そんな毎日を送ってらっしゃいます。

 

土:(笑)はい。ではあの、この撮影がどのように行われたのか、だいたい何時ぐらいに伺って、みたいなところから教えていただけますか?

 

伏:これ、結局都合2年間くらい撮影、取材をしているんですけれども、だいたい多くても週に1回かどうかくらいで、月1回くらいのペースもあったり、ゆっくりゆっくりとした感じで、まあ、お年もお年ですし、もともと実はこれ撮影する時に、第一声が「テレビの取材はお断りします」っていうふうに言われていたりもして、カメラがあまり好きではないという感じもあり、時々「そろそろ帰ってくれないかな」という空気を何となく発する感じのところだったんで、まあゆっくり撮ろうというかたちで、だいたい朝は早くても7時くらい、まあ普通8時か9時くらいで。すごく早く起きるっていうよりも、だいたい7時くらいまで寝てらっしゃる方なんですよ、実は。意外と。それでだいたい8時9時くらいに我々行くんですけれども、だいたい決まってるのが10時と3時にお茶の時間って決まってるんですね。で、12時にご飯食べるんですよ。たいたい8時か9時くらいに行ってやっていると、すぐ10時が来る、12時が来る、15時がくる。で、そのお茶の時間とかも撮影したいんですけど、カメラが回ってると、お二人がちょこんと座って「そろそろ終わってくれないかな」っていう顔をされるんで(笑)我々と一緒にお茶やご飯を食べるっていう。見ていただくと、妙に、お菓子やご飯の量が多いんですよね。あれ、みんな我々の分も含めてのやつで、毎日食べてばっかりいたっていうような、そんな撮影で。

 

土:(笑)食べてばっかり。

 

伏:そうなんですよね(笑)始まって1時間くらいにお茶がある、で、もっかい1時間撮影すると今度はお昼がある、で、しばらくするとまた3時がある、で、3時前後になるとお昼寝をされるっていうかたちで、その頃になると「もういいよね今日は」っていう顔をされるんで(笑)それで帰るというような、そんな撮影を約2年、という感じでしたね。

 

土:(笑)何人くらいのどういう構成で行っていたんですか。

 

伏:自分とカメラマンと音声マン、その3人で行っていました。

 

土:ずっと同じ方。3人で。

 

伏:そうです。全部同じで。

 

土:そうなんですね。それはやっぱり最小限の人間で行くっていうことを最初から決めてらしたんですか。

 

伏:そうですね。まあドキュメンタリーの場合、たぶんそれくらいの人数か、もしくは2人の時もあるでしょうし、最近だと監督一人でカメラ回してるっていうケースもあるけど、まあ、それくらいの人数ですね。

 

土:お茶もお昼も結構しっかりしてらっしゃるし、朝ご飯も洋食和食と別々ですけど、あれってまあ私も主婦やってると…ずうっと何かご飯を作ってるっていう状態ですよね。その上で庭のこともやっているっていう。そんなに食べられるの?って思ったんですけど、やっぱりずっと働いてらっしゃるんですかね。身体動かしてるんですか。

 

伏:そうですね、動いてるから食べられるとかっていうことよりも…よくこれ「スローライフ」って言うじゃないですか。「スローライフ」って全然スローじゃないなっていう。常に何かやっていたり煮込んでいたり切っていたり手仕事したり書いていたりって、こんなに毎日の暮らしって忙しいものかと。違う言い方をすると、本当にやることがあって、退屈な人生なんてものはないんだなというのはすごく思いましたね。

 

土:それはやっぱり「何でも自分で」って修一さんが仰ってましたけど、何でも自分でやるからそれだけ仕事が増えるっていうことですよね。

 

伏:たぶんすごい面倒くさい生き方というか面倒くさい生活なんだなというふうに思いましたし、よく今は、この中の台詞でも「誰かに頼んじゃえばいいじゃない」っていうふうに、世の中何でも便利なもんでアウトソーシングっていうことになっているんですけど、何でもやってくれて何でもされちゃうっていう、すごく便利なんだけど、便利なことは確かに豊かなんだけど、それってほんとに豊かなのかなとか頭の中でぐるぐる回る感じが自分の中ではありましたね。

 

土:基本的にお金で解決してるわけですよね。サービスを買ったりとか。それを別にお金がないからではなく、そっちを選んでいる感じがはっきりと見えますよね。

 

伏:そうですね。僕はこういうものを作っていて、津端さんとは全然違う毎日を送っている人間なんですよね。40過ぎになって嫁もいないので子供も当然いないので一人ですし、食事も100%ほぼ外食でそのうち40%くらいをセブンイレブンが占めているっていうような、そんな人間が作っているんですけれども。だから自分とは全然違うんですけれども、こういう生き方っていうのがあるんだなとか、便利になって豊かになってるんだけど、それで逆に大切なものが見えなくなるというか。普通ほんとに何もない1日って退屈だから、いろいろ便利な人に頼んで、自分はその部分自由な時間になっていろんなことをするっていうようなことが、それが幸せになるっていうのは僕も思ってたし、今もちょっとそういうところから抜けきれないんですけれども、普通の暮らしって結構やることすごく大変だし、頭も使うし身体も使うし、そこに小さな喜びもいっぱいあるし。退屈だと思っていたものが実は全然退屈じゃなくて素敵な人生なんだっていうことは──決して僕のこのコンビニ生活からは抜けきれないんですけれども、すごく学んだ気がしてます。

 

土:そうですね。今この『人生フルーツ』というドキュメンタリー映画ですけれども、全国的に本当に大ヒットしていて、今何万人と仰ってましたっけ。

 

伏:今、先週で7万人入っていただいて。

 

土:これはすごい数字ですよね。

 

伏:ドキュメンタリー映画っていうのは1万人入るとヒットだっていうことを言われているので、7万人というのはすごくヒットしているなあと言われています。

 

土:なぜだと思いますか。

 

伏:これはなかなか何でだろうというのがあるんですけれども。ある人が言ってたんですけど「すごく心地の良いお説教を聞いているような。誰にも耳触りのいいお説教を聞いているような感じがする映画だね」って言われまして、たぶんそういうものを求めている人が多いのかなっていうふうに思ったり。あとは今日もきっとそうじゃないかなと思うんですけど、結構今、映像っていうと、映画館でも一人で行くことが多いですし、もっと言うと映像は今DVDで見る、DVDをもう通り越して今はネットでポチっとやって自分で見る、一人で見るっていうことがすごく多いと思うんですけど、これ(『人生フルーツ』)は結構ご夫婦で一緒にいらっしゃったり、お友達と一緒にいらっしゃったり。で、さらにそこから「これ良かったよ」って言ってもらったりとか。みんなで見られるっていうのがすごくいいのかなと思ってます。

 

土:そうですね。さっきも1回目の時に「サインしてください」と言ってこられたお客様が「息子が見て」と仰ってましたよね。

 

伏:ああ、はいはい。

 

土:だからそういうふうに「すごく良かったよ」って伝えたくなる映画なのかなと思いましたし、何か、余白が多くないですか?

 

伏:そうですね。自分自身よく分からなくて映像で放り投げてるっていう感じもあるんですけど、だからこそナレーションがなかったりして、見る人に考えてもらえばいいやって感じで作ってる部分もあるんですけど。すごく見た人の感想が様々で、「修一さんてほんとに素敵だね」っていう人もいれば「いやいやあんな偏屈なおじいさんと暮らすの大変よ」って言う人もいたりとか、ほんといろいろな見方ができる映画だなと思っています。

 

土:そうですね。ほんとひとつも押し付けがましいところがない映画だなって思ったんですね。それはお二人の暮らし方もそうですし──別にこれを、「こういう暮らしをしているのを見て見て」って言ってるわけじゃなく、見たいという人が来て撮影をしたり、見たいという人が来て本にしたりということをしてるのであって、お二人はもう淡々と暮らしている、考えた理想的な生活を二人で実践しているということであって。あとはこの映画の作りとしても、押し付けがましいところが本当にない映画で。だからきっと受け取った人によって違う受け取り方ができるような、そんな作品になってますよね。

 

 

伏:そうですね。これナレーション(樹木)希林さんがやってるんですけど、希林さんがある時僕に言ったんです。「あなたには才能がないのよ」って言うんですよね。

 

土:ふふふ(笑)

 

伏:「なんて失礼なこと言うんだろうな」と思ったんですけど、「あなたには才能がないし、あなた本当に面白くない人だからねえ」って言うんですよね。で、「ほんっと失礼なオバさんだな」と思ったんですけど、その後の言葉があって、「下手に才能がないから、自分の意のままに何かを押し付けて、いろんなことで塗りたくって、自分の感情を入れたりせずに、撮ってる人を素直に、素直にその対象者の良さが出てるから、それがよかったのよ」っていうふうに言われて、「まあ…なるほど」って納得した感じなんですけど(笑)

 

土:そういう才能っていうことですよね。

 

伏:そういう才能っていうことにしておきます。

 

土:(笑)ですよね。特にドキュメンタリーって作ってる側が実は合わせ鏡のように出る領域じゃないかなと思うんですけど、そういう意味では、押し付けがましさがないっていうのは、たぶん伏原さんの個性でもあるんじゃないですか。

 

伏:これ、取材を最初しようと思ったきっかけが、(津端夫妻のことを)新聞記事で知ったんですけど、とってもカッコいいおじいちゃんとおばあちゃんだなと思って、「この人たちを知りたい」、もっと言うと「仲良くなりたい」という感じがあって、ほんとにそれだけで。「そこから通して見た日本の社会は」みたいな、そんな「自分の言いたいこと」っていうのが正直言うと全然なくて。どちらかというと二人に寄り添って見ていたら、ずるずるといろんなものが出てきたっていうかたちなんですよね。

 

土:何か本当にいろんな切り口というか──切り口っていう言い方もいやらしいですけど、いくつもの、仲のいい二人、連れ添った夫婦っていうところがあると思えば、やはり都市づくりというか街づくりを一生懸命やってきた人の理想だったり挫折だったりっていうのがあって、一方ではスローライフ、40年前から始めていたスローライフっていうのがある。それをすべて網羅するタイトルっていうのですごくお悩みになったっていう…。

 

伏:これタイトルがほんとに最後の最後なんですよね。普通早いものだと、もうたぶん撮影中に決める人もいるでしょうし、撮影する前にっていう人もたぶんいると思いますし、まあ、編集の中盤くらいでは大抵つけないとナレーションが書けなかったり、いろいろだと思うんですけど、これ、もう全部編集し終わって、最後普通はナレーションと音楽録りをするんですけど、そのぎりぎり1週間くらい前にようやくできたタイトルで。タイトル自体はほんとに50とか100とか候補を出していくなかで、ある日、これは僕が考えたタイトルじゃなくて、プロデューサーから「これどう?」っていうふうに出てきて。「『人生フルーツ』。」って言って。「んっ?」ってちょっとハテナマークがポポポポンッって出たんですけど。実はその時点ではフルーツの映像ってほとんど入ってなかった。映像のイメージで言うと緑、グリーン、みたいなイメージの編集だったんですね。『人生フルーツ』って確かにインパクトがあるし、いろいろ考えると、まあ何のことか分からないけど終わった後に何となく染みてくるというか、そんなニュアンスもあるし、いろんな取り方…タイトル自体についてどういう意味だったんだろうと考えられるような、とてもいいタイトルだと思ったんです。その時に「コツコツ、ゆっくり、人生フルーツ」っていうフレーズも浮かびまして、これ噛み締めてると、なんか本当にナレーションというよりも呪文のように響いてくるな、いいタイトルだな、って次第に思いだして。でも「フルーツになってない」って思って、すべて甘夏とかそういうやつといろんなものを差し替えて、彩りが残るようなイメージに変えたっていう裏話があります。

 

土:はー、そうなんですね。最初は「人生、野菜」的な…(笑)

 

伏:「人生、野菜」とか「雑木林のナントカ」みたいな、そんな感じのタイトルのイメージだったんですよ。

 

土:なるほどなるほど。皆さんどうお感じになったか…まだ見終わってすぐなので。私も最初に見たときは「『人生フルーツ』って…演歌みたい」とか思って(笑)あんまりピンと来なかったんです。でも──実は5回くらい見てるんですけど、見れば見るほど「これ以外にないタイトルだな」って思いますね。瑞々しさとか彩りが浮かびますよね。それが、いいなと思いました。はい。……では何か最後に一言。

 

伏:この映画って、ノンフィクションでドキュメンタリーなんですけど、自分の中ではファンタジー映画を作りたいなというような思いがあって。確かにこれもう事実だし、そういうものなんだけど、ほんとに真似はできないし、そうもたぶんなれないし、だけど、こういう現実があるねっていうことが心のどっかにあるだけで、生きてるのが楽しくなるというか。僕は結構ジブリ映画が好きなんですけど、宮崎監督が引退会見の時に「この世界は生きるに値するっていうことを自分は伝えたい」っていうことを言って引退されていったんですけど、「ああ、何かそういうことができないかな」っていうふうな思いで作っています。はい。

 

土:ほんとにそういう映画だと思います。とても希望や勇気がわいてくる映画だと思います。ほんとにありがとうございました素晴らしい映画を。皆さんもありがとうございました。

 

伏:ありがとうございました。

 

(拍手)

 

土:劇場の窓口のところでぜひパンフレットを。

 

伏:ぜひ。あの、結構中身が、実は、手前味噌ですが、良くて。

 

土:ほんとにすごくいいんです。

 

伏:書き手がすごく良くて。重松清さんですとか、ジブリの鈴木敏夫プロデューサーですとか、藤森照信さんですとか、書き手がかなり充実していたりとか。

 

土:あと、監督とプロデューサーの日誌がありますので。

 

伏:あの、ちょっとグダグダな日誌があったりだとか。

 

土:(笑)

 

伏:津端さんちの図面がちょっと載ってたりですとか。

 

土:そうそう、お庭に何が植えられているとか、ぜんぶ。

 

伏:僕もパンフレットあまり買わない派なんですけど、これは、あの、買っても…

 

土:損はない!

 

伏:損はない!

 

土:ほんとにそう思います(笑)ほんとに、おすすめ。

 

伏:ホームページ見てもあんまり情報が書いてないことがいっぱい載っておりますので。よろしければぜひお願い致します。

 

土:はい(笑)では、どうもありがとうございました。

 

 

 

(拍手)

▲各回の上映後にはサイン会も開催。たくさんのお客様と和やかにお話されていました。